198●年
△月○日(木)
この日、黒部を立ち、午前11時頃上野駅に着いた。この季節、本当に東京には雪がなかった。異様だ。
試験場の下見を兼ね、東京見物に出かける。結局本屋巡りの後、気が付くと時は既に午後5時を回っている。よく考えてみると、東京に着いてからずっと立ちっぱなしではないか。東京は座る所が無いから嫌いだ。もっとよく考えてみると、昼飯を食い忘れているではないか………。『いかん! このままではぶっ倒れる!』
飯田橋駅に着いたときには既に真っ暗になっていた。疲れきった足取りで駅を出ると、後ろから「ちょっと、そこのお兄さん!」と肩を叩かれた。振り向くと、24、5歳位のパンチパーマの体格の良い好男子がそこに立っていた。逆光なので顔が良く見えない。私が彼の方に向き直ると、彼は目を光らせてビートたけし並の早口でまくし立て始めた。「ねぇ、君、受験生?」 「えっ……ええ。」 「現役?」 「そうです。」 「そう! すごいねぇ! ところでさあ、アンケートに協力してくれない? いやいやそんなお手数かけないから。すぐ終るよ。あぁ、ここじゃ通行人の邪魔だからね、そっちに行こう。」 彼は私の腕をぐいと掴んで2、3歩引っ張って行った。そこは橋の上で、背後は川、左は自転車置き場になっている。彼は私の右前の位置に仁王立ちになった。背筋をおぞましい戦慄が走り抜ける。『こっ、こいつ、まさか……。』 「君、いくつ?」 「18です。」 「どっから来たの?」 「富山です。」 こういうとりとめもない質問を7、8回したあげく、彼はごくさりげなく核心に迫る質問を投げかけた。「君、今お金いくら持ってる?」―――――『間違い無い。これが上京者泣かせと言われる、あの「C.S.M.(キャッチセールスマン)」か。噂には聞いていたが………。』 ここで素直に答えたが最後、その額の7、8割の商品を買わされるハメになると聞いている。しかし、返答を拒否できる状態ではない。それに売りつけられても買わないと言えば良いではないか。そう思って相手が疑わないであろう最低の金額を答えた。「5000円です。」 本当は10万円ほど持っていた。「そう、どうもありがとう。これでアンケートは終ったんだけど、協力してくれたお礼に特別に君にこれをお譲りしますよ。」 彼はそう言って私にパンフレットらしきものを突きつけ、今までの早口を数段パワーアップさせて何やら説明し始めた。その間、よくこれだけ口が回るものだとボケーと彼の顔を眺めていた。ただでさえ貧血気味の頭なのに、このようなハードな説明について行けるわけがない。しかし、どうもこういう意味であるらしいことは解った。「この会員になってこの券を使うと、旅館・ホテル・民宿に泊まるのが割引になったり無料になったりする。それでもって、この券を全部使いきるとなんと50万円も得をする。」 この説明を10分程かけて喋りまくったあと、かれは私の前に掌を突き出してこう言った。「そういうわけで4000円払ってもらいます。」 一瞬耳を疑った。なぜ……なぜ、いきなりこうなるんだ? 「そんな……お金ありません。」 「何言ってるんです。さっき5000円あると言ったばかりでしょ。」 「でも、それがないと富山に帰れません。第一、僕は会員になるなどとは一言も言ってないじゃないですか。「君ィ……どうしても払わないというのなら君を窃盗罪で警察に突き出してもいいんだよ。」 だんだん声にドスをきかせてきた。「……どういうことですか。」 彼は領収証の束を突きつけた。「さっきこの領収証をちぎって君に手渡しただろう。あれは君がこの会員になったとともにその券を受け取った証明になってるんだよなぁ。」………手渡した? そういえばいつの間にか右手が領収証と共に例の券の束を握っている。頭が混乱してきた。「それならこれ、返します。」 「あのなあ、ちぎったものが元に戻るわけねえだろう。」 「僕がちぎったわけじゃ……」 「君ィ……ここは東京なんだ。富山とはわけがちがうんだよ。」…………こういう押し問答を長い間続けた。そのうちに埓があかんと見たためか、彼の方から一歩譲ってきた。「そうか。そこまで言うんなら3000円にまけといてやる。どうだ?」 「だめです。それでもとても帰れません。」 「おまえ……俺は今まで何年かこの仕事をやってきたが負けたことなど一度も無かったぞ。」 「でも……」 また押し問答が始まった。しまいに彼はドスを全開にしてこう言ってきた。「おめえなぁ……いい加減にせいや……。」その響きからは本性を露わにする兆しが感じられた。私は私で、口論する気力も限界に近い。標準語での会話は想像以上にエネルギーを消耗する。『逃げよう?』と何度も思ってはみたが勝負は見えている。この領収証を後ろの川に捨てればどうかとも思ったが、そうすれば彼は間違いなく実力行使に踏み切るだろう。
・・・・・駅前で彼に魅入られて30分、気力も体力も尽き果てて遂に私は陥落した。金を渡して彼から解放された後、私は暫くそこに呆然とつっ立っていた。本当にこれでよかったのだろうか? この遠く異郷の地に於て、こんなことでやっていけるのだろうか? だいたい何故こんなことになったんだろう………そのうちに回りの視線が気になり出したので、私は気を取り直してホテルへと足を運んだ。
絶望感と疲労とに押し潰されそうになりながらも、私は辛うじて歩きながらえた。なぜかホテルまでの道のりが昼に通ったときよりも異常に長く感じられる。昼なら片道7、8分で着いたのだが……。疲れているからであろう。昼飯抜き、歩き過ぎもあるが、片手にビデオテープ10本、もう片手に本十数冊を持って歩いているのだから尋常ではない。いい加減に手がしびれてきた。しかし、いまだにホテルの前の道に入る目印のビルすら見えてこない。もうホテルまでの道のりの数倍も歩いたような気がするのだが……。疲れによる感覚麻痺とはこうも恐ろしいものなのかと実感した。
駅から歩き始めてかれこれ30分もたっただろうか。道が左に大きくカーブしているのが見えてきた。ここで初めて自分が道を間違えたことに気付いた。荷物を置いて磁石で調べてみると、確かにあさっての方向に突き進んでいる。・・・・・私はまた、回りの視線が気になるまで呆然とそこに立ち尽くした。
私は今来た道を駅へと急いだ。駅に着いてからわかったことだが、どうも駅の出口からして間違えていたらしい。その出口さえ間違わなければあのC.S.M.にもひっかけられなかったろうに…………。結局ホテルに辿り着いたのは7時半過ぎであった。私に明日という日はあるのだろうか…………。
△月□日(金)
今日はなぜか4時半に目が覚めた。その後も眠れないので7時頃まで昨日買ってきた本を読みふけった。ホテルで朝食を取り、試験場である慶大の三田校舎へと向かった。別に慶大を受けるわけではない。試験を慶大でやるだけである。(……情けない) 今日はそこで、私が受ける3つの私大の中の最難関校の試験が行われる。
試験場は300人くらい入る教室であった。最難関だけあって試験はやけに難しかった。最後の英語の時間なんぞ夢うつつに浸ってしまった。昨日4時間しか眠らなかったのがまずかったようだ。この調子だとまず駄目だろう。試験は4時半に終った。
帰りに渋谷のビッグショップに立ち寄った。なんとなく暗い雰囲気の所だったので何も買わずに出てきた。渋谷駅に戻り、東京文化会館を探した。途中で変なおばさんに話しかけられた。「あの、お暇でしたら私とキリスト様をお参りに行きませんか?」 「暇じゃありません。」 「ああ、そうですか。」 今日のはいともあっさりと引き下がった。本当は暇だったので残念だった。
そのあと東京文化会館のアニメプラザに行き、ポスターと下敷を買った。それからホテルに帰って晩飯を食べ、部屋に帰ってテレビをつけたらニルスをやっていた。なかなか面白かった。
△月☆日(土)
今日は一日フリーの日だ。7時頃起きたが、そんなに早くどこの店も開いていないし、何かと暇だったので横浜に行くことにした。行きの電車の中で、私は斜め前に座っていたおっさんにとんでもないことを聞いてしまったらしい。「あのぉ~、すいません。この電車、横浜に止まりますか?」 そのおっさんは暫く唖然とした顔で私の顔を眺めていたが、そのうちに「あ……えっ、ええ………。」と肯定を意味する返答をくれた。横浜に止まるかどうかを問題とする人間の存在がそれほどまでに驚異(脅威?)だったのだろうか。
横浜に着いてから、まずアニメイト横浜に行った。そこで、もう手に入るまいと諦めていたうる星1,2やカリシロのパンフなど、めぼしいものを買えるだけ買いあさった。
3時頃東京に帰り、新宿方面のアニメショップの総ナメにかかろうとした。しかしあいにくの雨で傘をさしているため、上が見えなくて目印のビルがわからず、あっさり道に迷ってしまった。しょうがないので通りがかりの人をつかまえて尋ねた。「あの、すいません。僕はいったいどこにいるんでしょう。」 意外とそのおじさんは動揺しないで快く教えてくれた。(ものすごいおじさんだ?:編) 目的地のだいぶ近くにいるようだが、今日のようなどしゃぶりでは埓があかないので、明日また出直すことにした。帰り道に偶然アニメポリスペロを見つけたが何も買わずに帰った。
△月◇日(日)
今日はすべり止めの学校の受験日だ。最初は数学だった。これはまあ、なんとか書けた。ところで私は鉛筆で答案作成していたのだが、試験中まわりを見るとほとんどの奴がシャープペンシルを使っていた。私は入試要項に記してあった「回答用紙への記入は鉛筆を用い、鉛筆以外は使用しないで下さい。」という注意事項を全面的に信じていたため、シャープペンシルは持ってこなかった。………見事にだまされた。記述試験の場合、どう考えても鉛筆よりシャープペンシルの方が能率的である。「シャーペンなど鉛筆ではないわ。わっはっはっはっ。」友人に尋ねたときに返ってきた言葉が脳裏をかすめる。
数学の時間にさんざん計算したので、鉛筆のほとんどが丸くなった。昼食を食べ、便所に行ってから削ろうとしたが、便所がやけに込んでいたため残り時間が8分しかなくなった。8分あればと、机の上にティッシュをひいて鉛筆を削り始めた。3分ほどで全部削り終り、やれやれとティッシュを丸めて机の上を手で拭いた。手が真っ黒になった………鉛筆の粉がティッシュなど軽く突き抜けることなどそれまで知らんかった。もう問題を配り始めているので手を洗いにも行けない。『やばい! どうしようか……』 結局、まわりの視線を顧みず、テスト前にすべきことも忘れて試験が始まるまで配られた問題用紙に必死に手をなすりつけた。
試験開始直後、私は消しゴムを使い始めた。手を消しゴムになすりつけ、黒くなった消しゴムを再び紙で白くするこの繰り返し作業は約15分間行われた。試験時間の4分の1もこの作業に食われてしまった。『くそう、遅れた分頑張らにゃ?』 と遮二無二答案作成に乗り出した。このとき私は、これで心おきなく答案執筆に専念できるものと思っていた。事実、暫くはそうであった。しかし、悪いことは単独では起きない。必ず続発する。・・・・・試験中、机の上には置いてはいけない筆箱を出しっぱなしにしていることに気付いたのはそれから間もなくのことであった。
それは3人横に並んで使う机のまん中付近に置かれていたので(受験者は両端の2つを使う)、その約5m前に座っている試験官に今まで気付かれなかったのは奇跡であった。しかし、今机の下にしまえば間違いなく見つかる。しかたないので、それをおっぽって(ほおっておいての意【富山弁】)回答を続けようとした。しかし問題が……問題が読めない。別にそれが英語だからではない。やっぱり筆箱が気になるからだ。試験前の試験官の言葉が鮮烈に蘇る。「試験中、机の上に置けるものは、鉛筆,消しゴム,ナイフ,時計,及び受験票で、それ以外の物は置かないで下さい。特に筆箱は……筆箱は面倒かも知れませんが、机の下にでも入れて下さい。もしもこれを守らなかった場合、その受験生は直ちに退場させます、退場させます、退場させます、退場させます…させます…させます…ますますますますます…………。」 いかん? 最後の言葉にエコーがかかっとる。
試験終了までに何度か試験官が横を通ったが、なぜか気付かれなかった。しかし、そのたびに顔がひきつり、生きた心地がしなかった。試験終了後、私は暫く呆然と机を見つめていた。筆箱が気付かれなかったという安堵と答案をほとんど白紙の状態で出したという絶望とが入り混じり、ため息だけが残るのだった。
最後のテストは理科だった。英語が壊滅したからもう無理だろうが、それでもやるだけはやろうと頑張った。わりと素直な問題ばかりだった。試験終了15分前、すぐ前の奴がすっくと立ち上がり、他の受験生のどよめきの中でさっそうと退場して行った。休み時間に彼の受験票を見て知ったのだが、彼は富山県富山市の人間だった。試験終了前に退場したのは彼一人だった。ちなみにかれは合格したそうだ。………いったいどこのどいつだ??
試験終了後、すぐに新宿駅に行き、その方面のアニメショップの総ナメにかかった。まずはアニメック本店に行った。店の中ではビデオでアニメのオープニング集みたいなのをやっていた。なぜかそこにいっぱい人が群がっていた。そういうのを見とる暇はないので、めぼしい本を買ってそこを出た。
その後、3軒ほど回ってから一旦ホテルに戻り、すぐに映画館に行った(ホ、ホントに受験生かよ)。ナウシカとネバーエンディングストーリーの2本立てで500円は絶対安い。日曜とはいえ夕方だからあまり大勢は入っていないだろうと思ったら、なんとほとんど満席だった。辛うじて後ろの方の席に座れた。「ナウシカ」は以前に何回か見たものの、一年ぶりとあって感動できた。「ネバー……」は初めてだったが、これも結構面白かった。ホテルに帰り着いたのは10時半頃だった。ほとんど不良だ………。このとき既にホテルのレストランは閉まっていたので、しかたなく晩飯抜きで寝た。ひもじかった。
…………と、ここまで書いてはみたものの、読み返してみるとどうも面白くありません。(そりゃ当事者は面白くないだろうなぁ:編)本当はあと3日ほど東京に滞在したのですが、これ以上1冊の誌面を集中的に汚すのは忍びないので、残りは次回にまわします。しかしこんなもん読む奴おるんだろうか……。(君はまだ自分の記事の人気がわかっとらんよーだね:編)
ところでよく考えてみると、私は今までコンピュータのことには全く触れていませんでしたね。はは……忘れていました。????はコンピュータ情報誌でしたね。では、申し訳程度に書きますか。私はアキバに行った時、ビデオデッキやテープに血眼になっていたため、パソコン及びその周辺機器について全く目に入らなかったのでありましたとさ。チャンチャン………わっ、スイッチング電源投げないで!
あ、そういえば最近、東京で下宿している兄がPC-9801vm2をフルセットで買い込んだようです。それがないと学校の宿題ができないんだよーとかなんとか言っとりましたが本当にそんなもんなのでしょうか?(お兄さんは嘘つきです:編) 購入は個人の自由だそうですが………。それより私は兄貴に使いこなせるかどうかが心配です。昔私がMZ-80を使っていた頃はいつも「おーい。ゲームできたかぁ? なんや、まだでっきんがかぁ。はよ作れまぁ。」だったもんなぁ、兄貴よう。・・・・・え? わっ? やめて? 冗談だってば?…………ひでぶっ??
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