大人気? 中島君の日記 PART3
中島君の受験旅行、怒涛の足跡
完結編
奇跡の大凶新人類 中島 孝
△月♂日(月) 今日は丸一日フリーの日だ。暇だったので千葉に行ってきた。はっきり言って田舎だった。ポスターを一枚買って東京に戻った。それから、江戸川区にある「まんが+α」に行くために初めて地下鉄に乗った。地下鉄と言うからには地下しか通らんものと思っていたら、突然地上高く駆け上ったのでびっくりした。降り立ったホームは地上から7,8mはあった。早速「まんが+α」に行ってみたが、午後の1時だというのにまだ開いていない。平日は3時にならんと開かんそうだ。仕方ないので武蔵野市の「あいどる」に行くことにした。が、来てはみたもののあまりめぼしい物はなかった。再び「まんが+α」に戻り、ダーティー・ペアのセル画を一枚買った。セル画を買ったのは初めてなので良くわからないが、一枚900円は高くはないだろうか?(高いです。:編) その後、豊島区の「アニメイト池袋」に行った。空はもう真っ暗になっていた。すぐ隣にそびえ立つ摩天楼、サンシャイン60ははっきり言って不気味だった。そこには「DAICON・・・オープニングアニメ」のビデオソフトが置いてあった。買おうと思ったが、25分で13000円というバカ高さゆえやめた。ちなみにこれはVHSの値段で、βは12000円だった。・・・・差別だぁっ!代わりにうる星の紙バッグを買った。そのあと「アニメポリスペロ東京店」に行ってみたが閉まっていた。時刻は6時半を回ったところだ。結局今日一日で4軒しか店をまわれず、3品しか物を買えなかった。非常に虚しい一日だった。 ホテルに帰る前に、私は新宿駅からかなり離れたところにあるとあるホテルで夕食をとることにした。わざわざそのホテルで夕食をとるのには深いわけがある・・・・。 今からちょうど5年前。私が父と兄との3人で上京したときのことである。そのとき私たちはこのホテルに宿泊し、こともあろうに2000円のステーキ・ディナーを注文した。値段が値段だけにかなりの量だったが、「もったいねぇ、全部食い尽くしたる!」と私は眼を剥いて貧り食った。しかし、3時間前に食ったラーメンがたたって、およそ1時間に渡る攻防虚しく、その半分をも制覇するを得ず、みごと惨敗するに甘んじた。蒼白と化した顔を苦痛に歪ませて、私は6割ほど残った厚さ2cmほどのステーキに愛憎を込めた視線を非常な圧力でもってたたきつけた。テーブルに身を屈し、奥底からこみ上げてくる熱いものをかろうじて押し留め、紫がかった唇から洩れる呻きを呪詞と変えた。「・・・強え、強えぜ、まったく・・・・。2000円の飯はやっぱり俺にはきついぜ・・・。今度ばかりは・・・・負けを認めてやらあ・・・。しかし・・しかしなあ・・・・これで勝負がついたと思うなよ。俺達の戦いはこれから始まるんでぇ・・・・・今日のところはこれでおとなしく引き下がってやるが・・・・いずれ俺は修行を積んで・・・・ここに舞い戻ってきてやらぁ。そして・・・そして、てめえを根こそぎ食い尽くしてやっからなっ・・・・・フッ、笑ったな・・。断わっとくがてめえが笑ってられるのも今のうちだからなぁ。・・・ま、せいぜい首を洗って待ってるこったな・・。フッ・・・てめえのめった斬りにされる姿が目に浮かぶぜっ。・・・フッフッフッ・・・ハハハハ・・・ハッハッハッハッハッハッ・・・・。」笑い声を高く響かせながらゆらりと立ち上がり、他の客の振り向く中、よろめき、暗い影を引きずり、周囲の収束された視線の洗礼を一身に受けて、私は自分の部屋へと消えていったのであった。 ・・・・いつしか歳月は流れ、時代は変わり、世界はその装いを新たにした。だが、今もなお私の双瞼には5年前のあの忌々しい記憶が昨日起こったことのごとく鮮烈に蘇ってくる。多少歪められた記憶ではあるが・・・。このあってはならない記憶を脳髄から抹殺す るべく、私は再びこの地にまみえた・・・・・しかし・・・しかし、果して今の私に奴を総ナメにすることができるだろうか? 確かに今回は勝算があるにはある。だが、これがどこまで通用するかは全くもって未知数だ。しかし、今は・・今はこの勝算に全てを任せるしかない・ 私は最高クラス3000円のステーキ・ディナーを注文した。勝算を踏まえての決断である。注文してから5分を待たずにスープだけがやってきた。客がスープを飲んでいる間にメインディッシュが作られるのであろう。『いま、私の真の相手が作られているのか・・。』そう思うと、スプーンを持つ手が打ち震え、スープを口に運ぶ動作さえもままならなくなる。なんと意地らしい手だ。 やがてメインディッシュが運ばれてきた。ライス、野菜サラダ、そして和牛ステーキの3皿である。その量を見て、私は安堵の色を表に出した。勝負が見えたからである。無論、私の圧倒的な勝利であると・・・。「フッ・・甘い、甘いわ。俺に血反吐を吐かせるだと? ぬかせっ・ それしきの量で昼飯抜きのこの腹に太刀打ちできるとでも思っているのか・ 片腹痛いわっ・ ・・・・しかし、俺もえらく見くびられたもんだぜ。ま、いいわ。何はともあれこの勝負、十中八九俺の勝ちだな。フッフッフッ・・・ぬぅわっはっはっはっはっはっ・・・・。」笑い声を高く響かせながらメインディッシュを食い始めた。回りの視線など私は知らない。ただひたすら食い尽くすことのみに没頭した。食え! 食うんだ!! ところで、肉をナイフで切ってみたら中が生だった。何も考えずにそのまま食ったが、やはり焼き直してもらうべきだったのだろうか。 残りが後2割くらいになったとき、当初と比べてペースがかなり落ち込んでいることに気が付いた。さっき豪語した割には少し苦しくなってきた。昼飯を抜いたので胃が縮まったのだろうか。しかし、それでも私は食い続けた。私は負けるわけにはいかないのだ。ひるむな! 力の限り食い尽くせ!! メインディッシュを食べ尽くしたのは、食べ始めてから40分程経ってからだった。さすがに満腹になった。私は勝利の笑みを浮かべて帰ろうとした。しかし、途中でボーイに呼び止められた。・・・・えっ、コーヒー?・・・そうか、洋食には食後にデザートがつくのか。せっかくだから飲んでいこうか。そういえばコーヒーを飲むのは半年ぶりだな。・・ぐびっ、ぐびぐびぐび・・・・・・ぐびっ。ふうー、うまい。しかし、やけに濃いコーヒーだったな。・・・ん?まてよ。明日は第一志望の受験日ではないか。・・ま、いいか。なんにしろ俺は勝ったんだ!代金を払い、再び勝利の笑みを浮かべて私はホテルを後にした。時刻はとっくに8時を回っていた。私は勝利の余韻に酔いしれながら、肩で風を切って歌舞伎町を闊歩した。 そのホテルから新宿駅まで行くには歌舞伎町を通るのが近道である。世間知らずの私は、何も考えずにそのど真ん中を突っ切った。噂には聞いていたが、なるほど歌舞伎町には性風俗のすべてがある。バーはあるはキャバレーはあるはソー○゜○○ドはあるはヌ○○゛劇場はあるは、警官はおるはやーさんはおるは客引きはおるは酔っぱらいはおるは・・・・真面目で貧乏な私はどこにも入れなかった。いや、入らなかった。 なんとか無事に駅まで辿り着くことができた。結局自分のホテルに帰り着いたのは10時頃になっていた。 その夜、12時頃床に就いたが、午前5時過ぎまで眠れなかった。なぜだろう。 △月♀日(火) 今日は第一志望の大学の受験日だ。7時に起床した。9時半頃試験場に着いた。私の席は・・・と探したら、なんと500人位の教室の一番前だった。目の前には教壇があり、その上に椅子が置いてあった。いやな予感がした。なんなんだ、この椅子は。 試験開始20分前、試験官団がやってきた。そのうちの一人がおもむろにその椅子に腰掛けた。当然ながら私の答案作成作業がその試験官から丸見えの形となったわけである。・・・あは、あは、あはは・・ぶあっきゃろーっ、また一つプレッシャーが増えたじゃねえかっ! 最初の試験は数学だった。わりに素直な問題が多かった。だが、頭が素直に働いてくれなかった。完璧な覚醒状態であるのに働いてくれなかった。しかし、正面におはす試験官の手前、何でもいいから何か書かなくてはという考えが先行し、私は答案用紙になんでもいいから何かを書いた。ここに於て、現代物理学を根底から覆す超常現象、因果律の崩壊を難なく引き起こした。つまり、因果律に従った答案作成作業の場合、問題を考えてから答案を執筆する順にならざるを得ないが、私は答案を書いてから問題を考えるというパラドックスをやってのけたのである。 次は英語である。これは数学より厄介だ。何かを書こうにも、何を書けばもっともらしいか一向に思い浮かばない問題が多い。しかも試験時間は60分。やけに短い。無理に考えてもただ時間が過ぎて、いたずらに焦りを増すばかりだ。『う〜、書きたい。・・でも書けない。』時が迫る。次第に手が汗ばんできた。喉も乾いてきた。脈拍数が臨界に近付いてきた。・・・・間違い無い。これが恋というものなのだわ。・・・などとアホなことを考えているうちに試験官が答案用紙をかっさらっていった。 最後は理科である。私の頭は一向に働いてくれようとしない。鉛筆を運びかねている私を見下ろして、不敵な嘲笑を浮かべている試験官の図が目に浮かぶ。『くぬやろ、自分が大学に入ったのをいいことに・・・どうせ俺が落ちる口だと見ているな。』なんとなく腹が立ってきたので、鉛筆で浪人回しをやり出した。『フッフッフッ、どうでえ、大学に入れたおめえにはできねぇだろ。・・俺の勝ちだな。』しばし私はかりそめの優越感に浸った。だが、しばらくして隣の奴がハイパースイッチバックを軽くこなしているのに気付き、それはもろくも崩れさったのであった。実を言うと、私はただのスイッチバックすらできないのである。『俺は・・俺は浪人の道を極めることすら・・できないのか・・・。』 午後3時ジャスト。これをもって今回の作戦は総て終了した。オール オーバー!試験官から退場許可を言い渡されるまで、私は腑抜けた顔をしてさっきまで試験官が座っていた椅子を見つめていた。『・・・本当に、これで終ったのか・・・・。』 外に出るとさんさんと雪が降っていた。上を見ると富山もどきの雪雲が天を覆っていた。下を見るともう3cmほど積もっていた。・・・なんで俺は東京に来てまで雪に苛まれなきゃなんないんでぇ!?これじゃ何のために上京したかわかんなくなるじゃねぇかっ・・・・・何のためだっけ・・・・? 帰りに靖国通りを通り、また本を数冊買い込んだ。(何のため?:編) ホテルに帰ってから、明日富山に帰るための準備をした。正直言って私はそれまで帰りのことなど全く考えてはいなかった。VHSの生テープ10本、本24冊、その他もろもろ・・・どうやって家まで持って帰ろうか。普通ならここで宅急便で送るとか考えるが、なにせ時刻は午後7時。今更取り扱い店を探す気にもなれない。仕方ないので全部手に持って帰ることにした。あれやこれやと思索した挙げ句、5つの手荷物にまとまった。当初うる星紙バッグを使うつもりでいたが、あまりにも恥しいのでやめた。 その後、テレビをつけてニュースを見た。それによると、今日東京で2年ぶりの大雪警報が発令され、明日いっぱい降り続けるとか。てっ、てめえっ!俺は明日帰るんだぞ!電車が動かんかったらどうしてくれるんでい・・・・・テレビに文句言ってもしゃあねえな。午後10時。泣き寝入りした。 △月▽日(水) 午前5時に起床し、6時前にはホテルを立った。まだ空はうす暗い。雪は昨日から降り続いている。一夜で10cm程降り積もった。東京とはいえ、この時間帯はまだ人影が疎らで、歩道に残る足跡もよほど注意しないとそれとはわからない。私は足を一歩一歩、ずごも、ずごもと新雪にごぼらせながら先を急いだ。普通のズックを履いているので、いやおうなしに雪が中に入ってくる。もはや乾いているところなどない。・・・・くそ−っ!見栄も外聞も捨てて長靴で来りゃよかった。 ところで私は傘をさしていない。傘がないわけではない。あってもさせる状態ではない。両手が荷物でふさがっているからである。両手で持っていても果てしなく重い。これを片手で持とうものなら・・・・脱臼では済みそうもない。それでも無情に雪はしんしんと頭の上に降り注ぐ。これでさらさらの雪ならまだ救われるが、どちらかというとみぞれに近い湿った雪である。外套の重みが、緩やかではあるが確実に増しているのがわかる。この状態で道に迷ったなら間違い無く再起不能になるだろう。 なんとか飯田橋駅まで辿り着くことができた。そこから4回電車を乗り継いで荻生駅(富山県黒部市)に着いた。意外とスムーズにいった。 荻生駅に着いたとき、外は凄まじいいどしゃ降りとなっていた。北陸に入ってから荻生駅の2つ前の駅に着くまでは何も降っていなかった。それが2つ前の駅に止まっている間にあられが降り始め、1つ前の駅を過ぎてから雨となり、荻生駅に着いてどしゃ降りとなったのだ。これほどあからさまに自分の運の悪さを自覚できることが起こっていいものだろうか。 極薄の期待をかけて、小降りになるのを駅で10分程待ったが、一層ひどくなる一方である。これ以上待つと、下校する中学生の群れでもみくちゃにされる。病むに病まれず、執拗に雨の降りしきる荻生の村の中、私は1Km程先にある自宅への帰路についた。 行程の8割程歩いたときには、もはや服の乾いたところなどなくなっていた。かなり着込んでいるので服が異様に重い。もっとも、ここまで来ると開き直りが効く。フッ・・・どうにでもなりやがれ・・・・。 駅から歩くこと15分。なんとか家に辿り着くことができた。こういう場合、目的地に着いてしばらくするとたいてい雨などはやむものだが、通例に違わず、着いて5分程で雨がやんで晴れ上がった。 ・・・・・四柱推命占星術によると、今年は私にとって、一般には平均17%の割合でしかまわってこないはずの最悪の年であるらしい。今回の旅は、この四柱推命占星術の正確さを証明するのに充分過ぎるものであった。 ところで、この17%の割合はあくまで一般人の平均であって、私の場合は特別に30%もの割合でこの凶年がまわってくるという・・・・。ぶっ、ぶあっきゃろ・・・っ・・なーにが四柱推命でいっ!! ちなみに下表がその詳細である。むごい・・むごすぎる!!
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