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私は3月13日から1週間かけて行われた、大学の教養部スキー実習に参加した。
「1週間もスキーに行くがけ?! いいな〜。」 とみんなに言われたが、なんのせ5年ぶりのスキーなもんで(ちゃんと滑れるようになるかなあ、1日目で骨折したらどうしよう………そしたらやっぱり単位あたらんよねえ……………)などと考えていた(この実習は一般教養の体育の単位になるのである)。 |
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3/15(火)
「ひえーー、つるつる!」 「なにこれーこんなんすべれんわー。」 そう、今日はアイスバーンだった。なんでガリガリ音たてて滑らんなんがー?!転んだら普段の倍以上痛いし止まらんし‥‥昨日はちょっぴりまともに滑れるようになったのに、またへっぴり腰に逆戻り。 傾斜が緩やかなブナ平だが、下の方は急でこぶもある。そんな所へ行くもんだからもう転びほうだい。私はいつも一番最後にみんなの所にたどり着くので、休み時間がない。どうしてだろう、転んでばかりだからかな、それともスピードがないからかな。 ペアリフトに乗ったとき、一緒になったおじさん(ちょっとがっかり)に話しかけられた。 「お友達たくさん来てますね。」 これは私たちが「富山大学7−6」(7班の6番)などというゼッケンをつけているからであろう。 「ええ、大学の体育の授業なんです。」 「そうですか。どこにお泊まりなんですか?」 「ブナ平です。」 「私は一ノ瀬に泊まっているんですけどね、今日はずっと〇〇から(忘れた)と滑ってるんですよ。ブナ平、雪はどうですか。」 (イントネ−ションが関西っぽい) 「アイスバ−ンです。」 などと、スキ−についての話が続いたのであった。 昨日の練習が他の班より少し遅めに終わったためか、 「一番風呂に入らしてやる。」 と先生がおっしゃって、3時半に宿へ帰ることになった。みんな喜んだが、あれは先生自身が疲れたから早く終わったのだと思う。 |
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3/16(水) 昨夜雪が降ったのでゲレンデのコンディションはまあまあ。たまに昨日のアイスバーンが顔を出している。空もきれいに晴れていて、気分は最高!しかし、我が7班の行手には地獄が待ちうけていたのであった。 「何あれ。」 と不思議に思ったが、その疑問はリフトを降りたときにわかった。アイスバーンなのだ、つるつるぴかぴかの。しかも傾斜が急である………。 「せ、せんせー、こんなとこ滑るんですか?」(ほとんど悲鳴) 先生は、これは大失敗だったというような口調で、 「ありゃー、計算違いだったのう………。」 そして氷との戦いが始まった。リフトから見えた、人が鈴なりになっているのとは別の斜面を降りて行った。最初は端の方を横滑りで降りて行ったのだが、途中から斜面を蛇行して滑り始めた。と同時に転ぶわ転ぶ。いったんお尻をついたら最後いくら「止まれー!!!」と叫んでも、「止めてえー!!!」とお願いしても、非情な氷と自分と同じように転んでいる人が相手では全く無駄なのであった。 「もうやーわ!」と怒ったり、「ブナ平帰りたーい。」「うちらちゃんと生きて帰れるがけ………。」と半泣きになったりしながらみんな滑っていた。 私はというと、1/4くらいまではなんとか滑ったのだがバランスをくずして転んでしまった。思わず氷にしがみついたがそんなことで止まるはずもなく、ずるずると滑り落ちていったのであった。斜面には班の人が座りこんでいる(立てないから)のでぶつかったらどうしようと思ったけど、なんとかよけて行けたのでほっとした。ぶつかる前に止まればいいじゃないかと言われるかもしれないが、止まれないものは仕方がない。 「足、足伸ばせ?」 と叫んでおられる。そうか、と思いおもいっきり足を伸ばしたら、止まった。ちょうど窪みに新雪がたまっているところだった。よかった。 その後は慎重に滑っていき、班の人が待っているところへ行った。そこには7班15人中の5・6人しかいなかった。後の人はまだ斜面にしがみついているようだった。 「本当け?」 と言っているうちに、今度はYさんが同じ所に落ちていった。それも助けてくれようとした2班の2人も道連れに(2班の人たちは、私達が転んでいるのを尻目に上手に滑っていって集合していたのであった)。私達はただ、 「あーーーーーーーーっ!」 と叫びながら見ていることしかできなかった。 「ねえ、私らどうなんがかねえ………。」 みんなでため息をついた。 「いやぁ、すまんかったのう。」 とおっしゃったのでNさんが慰めるつもりで、 「なーん先生、スキーばっかじゃなくスケートまでさせてもらったちゃ。」 と言ったらよけいにしょげられてしまった。 |
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3/17(木)
ブナ平で練習中転ぶ。確か普通に滑っていたはずなのにバランスをくずし、「あっ!」と思ったときにはごろんと転がっていた。スキー板で膝と足首のまん中あたり、いわゆる弁慶の泣きどころをかなり強く打ち、痛くて痛くてしばらく立てなかった。やっと立ち上がってみんなの所へ行くと、 「大丈夫?2回転ぐらいしとったよ。」 と心配してくれたが、そんなに派手に転んだのだろうか。 「○番と△番と6番(私)の3人はブナ平だとうまく滑るんだがなぁ。」 とため息。 「おまえら、自分の滑りが何点か自分で書いて出せ。」 「………は?」 まったく変な先生である。 |
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3/18(金)
最後なので少し遠出する。 「妹2人と、さっちゃんと、みのりちゃんと、とおるくん(家庭教師をしている子)と………。」 などと買っていくと、いっぱいになってしまった。左右のポケットだけでは入りきらないので、胸ポケットにも詰め込んだ。帰りに転んで全部こわれたらどうしようとも思ったが、『ま、大丈夫やろ。そんなやわなもんじゃないし。』と思い直した。ある人は、おみやげの入った袋を手にぶら下げていたし、ある人は、小さなリュックをかついでいた。 「前の人にしっかりついてくるんだぞー。」という先生の言葉。必死について行くのだがやっぱり抜かされて行ってしまった。 そのうち、私を抜かしてすぐ斜め前を滑っていたIさんが、突然悲鳴と共に視界から消えてしまった。 「みんな、”優”だぞ。」(成績には、優・良・可・不可がある。) とおっしゃって去っていかれた。私たちはいつまでも手をふっていた………。 「遊ぶぞー!」 O先生であった。お酒くさい。私たちはただ、ただ、ア然とするだけであった。 「おい、遊ぶぞ。」 「先生、奥さんになる人にいいつけるよ。」 と、気を取り直したHさんが言った。O先生は、1〜2週間後に結婚式を上げる予定なのだ。 「いいもん。知っとるもん。」 と先生は開き直ったように言った。(もう敬語なんて使わん) 「目、覚めたか?遊ぶぞ。」 と言う。『この先生何考えとんがけよーっ』と思いつつも愛想笑いをする私。 |
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3/19(土)
とうとう帰る日がきた。 「まだ今日一日滑りたーい。」 と言っていた。宿の前に出ると山々がきれいに見える。 「どうしたんかねえ。」 と話ながら待っていると、1・2・3号車が来た。4号車は2時間ほど遅れるというので、3台が先に出発する事になった。私は2号車だったのでよかったが4号車の人はあと2時間も待たないといけないのかと思うとかわいそうだった。 「ああ、やっと帰ってきた!」 ケガもせず、病気もせず、五体満足で帰って来ることが出来て本当に良かった。 |
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その1 私は5日間ゴーグルを手放さず、おまけに日焼け止めクリームを持っていかなかったため、見事な顔面ツートンカラーになってしまった。おかげで、下を向いて歩く癖がついてしまった。母から「あんた、なに“くまねこ”みたいな顔しとんがいね。」といって笑われた。 その2 4月、スキー実習の成績が出た。7班は全員”優”だった。よかったー?!先生有難うございます。 その3 最後の夜、部屋に乱入してきたO先生は、現在某短大で私の妹の体育を受け持っている(講師)。 えーと、コンピュータに全く関係のないことを長々と書いてしまいましたが、いいんでしょうか………。(う〜ん、かわいいから許す!:編) |