コンピュータ・ウィドウ特集(1)
ばけもんかいじゅうき
化物懐柔記
by Mrs.坂田真由美

 私が初めてコンピュータなる代物に出会ったのは今からもう5年も前のことになります。「彼」と付き合い始めてからまだ日の浅いある日、私は初めて彼の家に遊びに行きました。彼の部屋の中央にはテレビが一台と、その前に何やら「四角い小さな箱がいっぱい付いた物」がドンと置いてありました。彼は得意げにその箱を10本の指を軽々と使って押し、テレビの画面に面白いものを色々出してくれました。(今から思えば、あれは通り魔少年ゲームPart.1だったような気がします。)そしてこれは自分がプログラムというものを組んで作ったのだと嬉しそうに言いました。そのときの私の驚きようといったら………こんな奇怪なものが軽々と扱える彼を私は異次元の世界の人かと思いました。しかし、異次元の世界の人は彼だけではありませんでした。しばらくして彼の親友である杉原君に紹介され、彼らの入っている「絵夢絶党」なるコンピュータクラブに連れて行ってもらったのです。が、そこにはコンピュータを手足どころか目や耳、あげくの果てには頭の代わりにまでして使っている人が大勢いました。そして私はこのような人たちの中でさえも彼が「ばけもん」と呼ばれていることを知りました。そうです、この「彼」とは紛れもなく私の夫である「坂田浩」です。(彼がなぜ「ばけもん」と呼ばれているのかについては別項で解説します。:編)

 このように彼や絵夢絶党の人たちと付き合っていくうちに、私の中で「コンピュータ」というものに対する見方が確立してしまったのです。それは

 1.コンピュータをさわるためには、BASICやアッセンブラなどという言語をよく理解し、覚えなければいけない。
 2.コンピュータを使って何かしたいときには、自分でプログラムを組まなければいけない。
 3.コンピュータを作るためには、電気的な知識を持ち、自分が使いやすいように設計できなければいけない。

 ゆえに私のような者はコンピュータにさわってはいけない、いや、さわろうと考えてもいけない、と。(私が自分の間違いに気づくのはもっとずっと後のことになります。)しかし、そこで私ははたと考えたのです。私にコンピュータを使う必要があろうか。私には「ばけもん」である彼がいる。私がコンピュータで何かしたいと思ったときには、コンピュータではなく彼を使えば良いのだと。それから私の「化物懐柔記」が始まったのです。



 私はその頃もう先生という職業に就いていましたが、この仕事で一番煩わしいのが何といっても学期末の成績処理というやつです。たくさんのテストや提出物などの点数を計算し、それを段階別にするのですが、多くの先生方はいまだにその点数計算を電卓やそろばんなどという時代がかったもので何百人分も行っているのです。0点から100点まで線が引いてある紙にひとりづつその点数のところに名前を記入して一覧表を作り、点数の良いものから順に全部を段階にしているのです。私も一番最初だけはこれをまるまる3日がかりでやりましたが、あまりの労力の無駄使いに疲れ果てて彼に相談したところ、「そんなもんは人間のやることじゃない!」と言われ、結局彼にコンピュータで成績処理のプログラムを作ってもらいました。その後は他の先生方の「坂田先生はいつも仕事が速いね。」という言葉を聞きながら、彼にいつもコンピュータでやってもらっています。彼の成績処理プログラムは改良に改良を重ね、現在はVer.6を製作中です。

 このように楽をしてきた私にも、ついにコンピュータにさわらねばならない日がやって来ました。なんと市が私の学校にコンピュータを11台も入れてくれるというのです。それも日立のB16EXなどと聞いたこともない機種なのです。しかし、入れてもらったのは良いのですが、そのとき私の学校にはコンピュータをまともに使える先生などはひとりもいなくて、98を持っているだけという先生が2人いるだけでした。 中には学校にコンピュータが入ったのだから自分も買ってやってみようなどと恐ろしいことを考える先生もいました。(実はこのときになって初めて、私はコンピュータを持っている人の大半が市販のソフトを使うだけの人であることを知ったのですが………。)つまり、私のようにコンピュータの知識がちょっとでもあって後ろに「ばけもん」がついている人間は、周りの先生から見れば神様のように見えるらしく、いつのまにか私はコンピュータをさわる人間にされてしまったのです。それでもほとんど使える人間のいないところにあるコンピュータなんて、すぐにほこりをかぶってしまうのは目に見えることで、最初の目新しさがなくなると誰もコンピュータ室に足を運ばなくなり、そこはいつのまにか「あかずの間」になろうとしていました。私たちが結婚したのはちょうどそのころで、披露宴で仲人である彼の高校時代の先生や浅田さん(絵夢絶党党長)、だめ押しをするように杉原君までが彼のことをやたら「ばけもん」だなどと言ったのを、運悪く、あかずの間と化したコンピュータ室をなんとかしようと頭を悩ませていた校長がしっかりと聞いてしまったのです。 B16に驚きまくり!あとはどうなったのか………新婚旅行から帰ってきた私を待っていたのは、校長の有難いお言葉だったのです。 「坂田君、コンピュータを使った研究授業をやってみないかね。君には立派な旦那様もいることだし………。」私は学校のコンピュータを一台一ヶ月間家に持ち帰ることを条件にしぶしぶ承諾したのです。それでも彼は初めて使う機械だというのに一ヶ月で私が授業しやすいようにソフトを作ってくれました(やっぱりばけもんです………)。授業は大成功で、生徒だけではなく授業を見に来ていた学校中の先生も一緒にコンピュータをさわってしまうという始末でした。そしてその結果、私は来年度のコンピュータ主任なるものにさせられ、あの「あかず間」の管理だけでなく、先生方へのワープロや成績処理プログラムの操作の指導、おまけに新しくコンピュータ部やクラブまで作らされる羽目に陥ってしまったのです。世の中わかりませんね。

 このように書いていると、私が彼から甘い汁ばかり吸っているように聞こえるかも知れませんが決してそうではありません。私が彼と出会ったとき、彼はもう目がだいぶ悪く、普通の書物を読むことも困難でしたので、彼がどうしても知りたいことがあって情報が欲しいときは、私がすべて本を読んであげました。実はこのおかげで、最初コンピュータについて全く無知だった私が、いつのまにかアッセンブラまで知っているということになったのですが………。また、彼が文書を書くというときも大変なのです。 月刊絵夢絶党の原稿を書くときのことを例に挙げますと、まず彼がとにかくワープロで画面を見ずに自分の思いついたままを書き、プリンタで打ち出します。それを私が見て間違いを探します。漢字はすべて最初に出てきたものになっているので、たまに偶然面白い表現になっていたりして、読むのは結構楽しいのです。間違っているところを私が彼に「行目の真ん中くらいに○○」というふうに教え、ふたりで直していきます。最後にプリンタで打ち出し、B5版にカッターで切ったり、絵を貼ったりするのは私の役目です。

 私の目から見た彼は、人より目が悪い分、人一倍好奇心旺盛で勉強家でそして何よりも努力家です。そしてそれを人に知られることを極端に嫌います。(こんなことバラして後でおこられるかなぁ………。)彼が「ばけもん」と呼ばれている裏側が少しおわかりいただけたでしょうか。彼が「ばけもん」である半分ほどは彼の努力の賜だと思うのですが、後の半分はカンの良さやアイディアなど、やはり本物の「ばけもん」だという気が私にもします。


 このように彼と一緒に何かするという時間は確かに多いのですが、いざ彼がコンピュータに向かってプログラムを組み始めるとそこは彼だけの世界で、私が踏み込むことのできない聖域です。まして彼は寝食も忘れてのめり込むというたちで、私も最初は他のコンピュータをする彼を持つ女の子たちと同じように寂しい思いをしました。私の友人で、そのような夫に耐えきれず離婚してしまった人もいますが、そこはまあ考えようです。彼がコンピュータに向かっている間はちょっと寂しいけど、その間は自分の自由な時間だと思って何かしていれば良いのです。

 彼はプログラムがひと句切りついたり出来上がったりすると、真っ先に私に得意そうに見せてくれましたから、私はいつも待っていれば良かったのです。ご飯もすぐには食べてくれなくても、後で冷たくなっても文句も言わずに必ず食べてくれたし……。ここでコンピュータをする彼を持つ彼女たちに、先にゴールインした者として一言。彼がコンピュータに夢中になってあなたにあまりかまってくれなくても我慢。決して『私とコンピュータとどっちが大切なの!』などと言ってはいけません。彼を信じて待ちましょう。あまりにも待たされ通しで、あなたが待っていることもぜんぜん気にかけないような彼ならさっさと見切りをつけましょう。でもコンピュータに人間的に一途に取り組む彼なら、きっとあなたのことも一途に愛してくれているはずです! 何か最後はのろけになってしまったかな………。悪しからず!