現役看護婦のエッセイ
小児病棟日記
by RUW

 子供とは、時には憎らしく時には可愛らしい不思議な生物である。我々大人が考えつかないことを考え、様々な刺激を与えてくれる。たとえ病気のため入院中の子供であってもそれは変わらず、小児病棟は刺激的な日々の連続なのである。今日はその一部を紹介してみようと思う。

るりちゃんとケンカをする。

 るりちゃんは4歳のおしゃまな女の子である。大豆や卵などタンパク質を摂ると蕁麻疹が出たり、喘息発作を起こしたりするアレルギー体質の子である。味噌汁や醤油でも蕁麻疹が出るため、食後はいつも地図状の蕁麻疹が出て、その痒さのため不機嫌である。

 痒み止めの注射を持って病室に入った私に、るりちゃんは「バカ!」といきなり叫ぶのである。「バカバカ!かんごくさんのバカ!バカ!」と、むっとした顔で私をにらむのである。面食らった私が、それでもにこやかに「るりちゃん、どうしたの? この注射なら横から(持続点滴注射をしているので点滴チューブの途中より薬剤を注入するのである)入れるから痛くないよ。痒いのがどこかへ飛んでいっちゃうからね。」と話しかけても、「バカ!死んじゃえ!」と言い返すのである。母親はそばにいても子どもに注意もせずにテレビを見ているので、つい私はムカッときて「バカと人に言う人の方がバカなんだよ」とるりちゃんに言い返したのである。それを聞いたるりちゃんはきょとんとしていたが、母親は「まあ!」と言って怒っている。それを無視して病室を出る。私とるりちゃんの会話を聞いていた隣の子どもの母親はクスクスと笑っていた。自分でも『大人げないなぁ』と思い、自己嫌悪に陥る。しかし、なぜかその後るりちゃんに好かれるようになった。

ドラゴンボールの消しゴムをもらう。

 血管性(アレルギー性)紫斑病で入院していた5歳の直人君はドラゴンボールが大好きである。お菓子のおまけのドラゴンボールの消しゴムをたくさん集めており、その中でも蛍光色で如意棒を持っている孫君が大のお気に入りである。

 母親が忙しく、ひとりでいることが多い直人君はよく私に話しかけてくる。「ねえ看護婦さん、いい物見せてあげる。みんなに内緒だよ。」と私の腕を引っ張って暗がりに行くのである。(いやらしいことをするわけじゃないよー)そっと手を広げて、蛍光を発している孫君の消しゴムを見せてくれるのである。「わぁーすごい。看護婦さんも孫君ほしいなぁ~。」と感動してみせると、直人君は自慢げに「だめ!大事な孫君だからあげないよ」と笑顔で話すのである。

 その2週間後の退院当日、直人君は私に孫君の消しゴムを差し出し、「看護婦さんにあげる。」とはにかむのである。私は素直に「ありがとう。看護婦さん、大事にするね。」と喜びを表わすと、直人君はニコッと笑って病室へ走って行くのである。その消しゴムは今でも私の机の引き出しの奥にしまってある。

男の子大好き!

 私は男の子が好きである。特に6カ月ぐらいから1歳半くらいまでの、目のくりくりとした笑顔のかわいい子がいい。別に目の細い子が嫌いとか、女の子はイヤというわけではなく、みんなかわいいのだけれども。

 男という生物は誕生直後から女が好きなのだろうか。看護婦の顔を見て笑っていた子が、医師や技師などの男性を見ると泣くことが多いのである。

 生後10カ月の「あー君」という川崎病の回復期の子は笑顔が愛らしい。あー君は看護婦の中でもお気に入りが3人いて、その3人にしか笑わないのである。なぜか私がその内のひとりなのである。あるとき、あー君のお母さんと話していると、柵をつたって歩いてきたあー君が柵越しに私に抱きついてきたのである。ついかわいくなって私もあー君を抱き返すと、あー君のお母さんは笑いながら「あー君がもう20年早く生まれてたら看護婦さんにアタックできたのにね。」とあー君に話しかけられた。するとあー君はきょとんと目を丸くしている。うっうっ、男の子はかわいいなぁ!!

おしっこをかけられる。

 うちの小児病棟は小児外科も扱っており、ソ径ヘルニア(俗に脱腸と呼ばれている)や包茎、停留睾丸の手術の子どもが多いのである。

 その日、私は小児外科のガーゼ交換の介助についていたのである。数人のガーゼ交換が終わり、最後の6カ月のヘルニアの子の傷の消毒を医師が終え、私が絆創膏を貼ろうとして○○○○を持ち上げたとき、それが突然ムクムクと大きくなってきたのである。『あー、おしっこする!』そう思ったときはすでに遅く、噴水が私の白衣を直撃したのである。「きゃーっ!!」と悲鳴をあげ、私はあわてて布おむつをその子の股間に押し当てた。そのためその子はびっくりして放尿をやめ、大きな声で泣き出したのである。それを見ていた年配の看護婦さんに「やっぱ独身やねぇー、ほっほっほっ」と笑われてしまった。

 急いで白衣を着替えに行ったが、おしっこが下着まで浸透していてたいへん困ったのである。下着の替えまでは用意していなかったので、水洗いをして脱水機にかけた湿っぽい下着を、その日一日我慢して着けていたのである。男の子の噴水をかぶらないように、その後細心の注意をいつもはらっているのである。

奇形児について

 奇形を持っている子が奇形を直す手術をするために入院してくることも多い。口蓋裂(兎唇、俗に三つ口とも言う)や合多指症(指が多かったり、くっついたりしている)、染色体異常による性器奇形があったりとさまざまである。そういう子に限ってかわいらしい子が多く、痛ましいのである。子どもの親や家族、親戚の前で「○○ちゃん、お母さんに似てかわいいね」などというように、「誰かに似ている」と言うことは厳禁なのである。例えば母親に似ているというと、その子の奇形は母親方の血筋から来ているのではないかと、家族争議の種になるからである。